March 25, 2013
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「第五巻の「ガロア理論」を見出したガロアは数学の天才だったのに、二十歳で決闘で死んでしまう。物語の題材として、それは非常においしいのかもしれない。でも、私はそれを利用するのが嫌なんです。ガロアのことを後世に書く人が、彼が死んだ原因となった女性のことばかりにこだわり、ガロアが残そうとした数学の内容にフォーカスをあてないのはもったいないことだと思います。

 彼が決闘の前夜に編集していた論文の中身に、もっと注目すべきじゃないか。明日は自分が死ぬ日かもしれないことを知りつつ、二十歳の男の子が、数学の論文を手直ししていた。ガロアはそれが自分の生きた証になることを知っていて、命がけで書いたんです。だから私の話では、決闘の話はチラッとしか出てきません。逆に、彼が決闘の前日になおしていた論文に、第十章をまるごと割り当てた。

 それこそが二十歳で亡くなった青年ガロアへの手向けになるからです。数学は、自分が明日死ぬかもしれないときでも時間を費やすだけの価値がある学問なんだ、という彼の思いや熱意は、同じ年代である読者の心を動かすに違いないと思ったんです」

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数理的発想法3 数学をめぐる〈対話〉を「物語」にする 結城浩 文:仲俣暁生 - Open Middleware Report Web:日立

March 16, 2013
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何か空しい、やる気がしない、疲れやすい、嫌な感じがしており、いつも鉛色の空の下に暮らしている、しかし理由がよく分からない。そう感じている人は、周りの人間関係をじっくり観察してみると、必ずやハラスメントの悪魔が忍び込んでいるはずである、とする。

ハラスメントを実現するメッセージは、最低次の2つの「命令」からなる。
「これをすると、おまえを罰する」という否定
「これをしないと、おまえを罰する」という強制
あるいは...
「敵意」
「敵意というコンテクストを読んではならないという命令」
の2つからなっている。

ハラッサー(ハラスメントを仕掛ける人)が周囲の善良な人物にハラスメントを仕掛けると、ハラッシー(ハラスメントを受けた人)は、ハラッサーの顔色を窺って生き、呪縛が強くなるにつれ、自分が被害を受けているという認識を捨てる。しかし人間は、生気を奪われたままでは生きられないから、奪われた資源をなんとか取り戻そうとして自分にハラスメントを仕掛けない人にハラスメントを仕掛け、ハラッシーハラッサーとなる。

著者らは、宗教的な意味を一切持たない、人間が生まれたときから持っている本来的な運動状態のことを、魂と呼んでいる。
その魂と、外界との間に、インターフェイスを想定し、それらはそれぞれ、フロイトのイド、スーパーエゴ、エゴに当たるとする。
インターフェイスの発達には、扁桃体や前帯状回などを含む辺縁系回路に依存する、一次の情動。この一次の情動を土台にして学習を重ねることにより、情況と一次の情動反応とを結合した結果に生じた二次の情動反応(前頭前皮質を必要とする)。これらの情動が意識に上ったときに感情と呼ばれる。これら3つの「感情」が、インターフェイスの発達に不可欠である、とする。

そして、我々人間は、受け取ったメッセージのコンテキストを、情動反応という形で個人的に把握している。生来的なものも含めてあらゆる情動反応がコンテクストマーカーの役割を果たしている、というのが著者らの主張である。

しかし、ハラスメントは、前記、否定と強制によって、感情が衰退させられ、学習を停止させてしまう。

ハラスメントの結果、ハラッシーの魂とインターフェイスの間の断絶が生じる場合(内部断絶状態)、インターフェイスが魂と外界の両方と断絶し孤立する場合(孤立状態)、インターフェイスと外界の間が断絶する場合(外部断絶状態)とが起きるとする。
これら断絶は、部分的にも起き得る。情動反応によって自らの判断ができなくなって、外的規範をルールと見なし、自分が設定した自己のイメージを自分とすること=パッケージ化が起きる。パッケージ化は他人に対しても起きる。

呪縛から脱出するには、脱ハラッシー化には怒りが、脱ハラッサー化には謝罪が重要な役割を果たす。ハラスメントと対極にあるコミュニケーションは、受容と提示からなるエンターテインメントであるとする。

最後に著者らは、呪縛なき...ハラスメントなき秩序の道は、論語(仁が忠・恕・信・知・勇を統合し、仁とは内にも外にも憂いがない状態)とガンジー(サッティヤーグラハ=「真実にしがみつく」=魂の力;気に入らないことはやらない、クビにされても平気(植木等の「無責任」なサラリーマン))とドラッカー(のマネジメント)の思想にあると結論する。

要は、「内なる声」に正直に生きる、ということに尽きるであろう。

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ハラスメントは連鎖する: 10ちゃん心

March 8, 2013
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記事『グローバル企業と旧陸軍の奇妙な類似 現場を苦しめる建前と現実の乖離』では、ユニクロと太平洋戦争時の日本陸軍との奇妙な類似を明らかにしている。ユニクロでは入社が内定すると柳井正社長が定めた経営理念23カ条の暗記を要求される。句読点の位置まで正確に覚えていないと、研修班ごとに連帯責任が問われる新人研修は新兵に軍人勅諭の丸暗記を強いた旧陸軍の光景が重なる。
 無茶な命令に疑問を呈したりすれば、「言い訳」と見なされ、「気魄がない」と罵倒される。大事なのは建前を貫く「気合い」なのだ。

 敗戦後に日本陸軍は徹底的に「悪玉」とされ、否定された。だがその病理は形を変えて今も日本の組織に潜んでいる。「建前と現実の乖離をやる気で埋めるという 発想はいまだに日本の企業社会に根強く残っているのではないか」と警告を鳴らしている。いまや日本中にサービス残業当たり前のブラック企業が横行し社会問題化しているが、その本質に迫った、労働問題を得意とする東洋経済の真骨頂特集だ。
(文=松井克明/CFP)

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ユニクロは3年内離職率50%超!高いうつ病罹患率、サービス残業横行、軍隊的社風…(1/2) | ビジネスジャーナル

March 1, 2013
"「文章を書くだけが思想の全てではない。難しい論文書くだけが思想や哲学のひとつの道ではあるまい。ソクラテスもブッダも本を書いていない。あれは弟子たちが書いたもの。むしろ実践するほうや、話して場を作るというのが本来の姿だと思う。とにかく空間を作れば、何かが起こる」"

言論好きな人の集まる「ゲンロンカフェ」って?(Excite Bit コネタ) - 国内 - livedoor ニュース

February 24, 2013
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これは思想家の浅羽通明氏から聞いた話ですが、アフリカのある部族では、昔からライオン狩りに行く時に、4人でチームを組んで行くと教えて貰いました。4人の選別法は、

1)リーダーシップをとるもの
2)知恵のある者
3)槍の上手い者
4)和を乱す者


リーダーはこの場合、軍人タイプ、知恵ある者は学者、槍の上手い者は職人です。和を乱す者、というのは王様タイプ。とにかく目的一直線で、一刻も早くライオンを狩って帰ろうとするリーダーに対して、「疲れたから休もう」と言ったり、もう少しの所でライオンを取り逃がしてがっかりしているみんなを気分転換させる、といった役割をするようです。
 興味深いのは、この4つのタイプが全部揃って初めて、ライオン狩りというプロジェクトが成功する、と考えられていることです。
 軍人がリーダーといっても、どんな場合も軍人がリーダーがいいわけではありません。ライオン狩りという生死に関わる短期決戦のプロジェクトは、最も現実的な軍人タイプでないとリーダーがつとまらないのです。
 僕自身の経験を話しましょう。学生時代にSF大会というアマチュアのイベントを運営しました。その時は、リーダーはT氏と僕、という二人とも王様タイプ。僕たちの下に軍人タイプを中心とする実行部隊、職人タイプを中心とする制作部隊、学者を中心とする管理部隊がいました。
 全員アマチュア学生のボランティアだったので、統制とか管理以前に、運営の鍵は、いかにみんなが手伝う気になってくれるか、という点にかかっていました。試験、クラブ、バイト、単位と、途中で抜ける理由はそれぞれの人に山ほどあります。
 SF大会を手伝うことが楽しい。大きなイベントになりそうだから、手伝って損はない。今までのやり方は間違っている、僕たちで新しいSF大会を見せてやろう。こういった、各タイプ別の魅力がオーラのように常に出ていないと、みんなはすぐ離れていってしまいます。
 このような長期に渡る大プロジェクトでは、「魅力」発生機能の高い王様タイプがリーダーの方が、志気は高まり、仕事が上手く進みます。どのタイプの人がリーダーになるべきかは、そのプロジェクトの特性や目的によって、変化しますし、逆にリーダーがどのタイプかで、グループの色味も変わってきます。
 例えば、アスキーの西社長。武勇伝や伝説の多い彼は王様タイプのリーダー。彼の存在が、アスキーという学生会社を、ベンチャービジネスの最先端、というイメージに仕立てました。APPLEのスティーブ・ジョブズもそうですね。
 逆にマイクロソフトのビル・ゲイツ。ウィンドウズも発売当初は、MACのパクリとか言われて、カリスマ性は低かったのですが、圧倒的な成功で、地位を不動にしました。王様タイプのリーダーが「カッコイイ」なら軍人タイプのリーダーは「凄い」とか「強い」ですね。ビル・ゲイツが率いるマイクロソフトは、不敗の会社というイメージを強調しています。
 学者タイプのリーダーで、名前を馳せている人は少ないです。王様タイプと対極にあたりますので、目立つ、前に出るといったことに喜びを感じないタイプですから、当然でしょう。しかし例えば、トヨタの徹底的に無駄をなくし、効率化した自動車量産システムや、コンビニの在庫数を完全管理するPOSシステムなどを作れるのは学者タイプです。「効率化」にかける情熱を持つ学者タイプが、こういったプロジェクトの中心にいるのはよくある話ですが、人前に出ることを嫌う学者タイプリーダーの名前が出ることは滅多にありません。こういったグループは、地味ですが、変化に強く、安定した粘り強さがあります。
 ホンダの創業社長は職人タイプでした。アニメ会社ジブリのリーダー宮崎駿も職人タイプ。いずれも、リーダーの高い能力によってまとめられている圧倒的なワンマン体制のグループになります。
 リーダーが好調の間は、常に高レベルのものを作り続けることができます。が、ワンマン体制で次世代が育たない為に、リーダーが引退すると、グループ全体が方向を見失ってしまいがちです。職人タイプにありがちな間違い、「自分の才能は特殊なものではない。努力すれば誰でも可能だ」を信条にするため、なかなか後継者が育たないのも問題点ですね。
 どのタイプがリーダーの場合も、共同で作業をする場合、4タイプが中心にそろっている方が、スムーズであることは言うまでもありません。

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『人生の取扱説明書』 (via akiyoshi)

(via tokada)

February 12, 2013
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オーストラリアの人工知能学者ヒューゴ・デ・ガリスは、21世紀後半にはコンピュータの知能が人間の1兆倍の1兆倍になるという。そのようなコンピュータを彼はゴッド・ライク・マシンとよぶ。ゴッド・ライク・マシンから見ると人間は害虫みたいなもので、人間を滅ぼすだろうという。そこでゴッド・ライク・マシンを作ることに賛成する人間を宇宙派、人類の存続を第一とする人たちを地球派とよび、21世紀の後半には人類の存続をかけた大戦争が起きるという。ゴッド・ライク・マシンは人類を滅ぼした後は、全地球、全太陽系、全宇宙をコンピュータ化して、その後で新しい宇宙を創世するという。キリスト教では神が宇宙を作ったと言っているが、それは間違いで、人間が神を作り、その神が新しい宇宙を作り、そこにまた人間が現れて・・・という輪廻転成の世界を作るという。

そのころまで生きて、人類の行き末を見たいものだ。

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2045年問題・・・コンピュータが人類を超える日

February 2, 2013
"続ける人と、途中でやめた人の差はわずかしかない。
例えば、途中でやめた人は8回やり直したが9回挫折した。
続ける人も9回挫折したが、しかし9回やり直した。
続ける人は途中でやめた人よりも、ただ一度だけ多くやり直したに過ぎない。"

ぼくは読むことも学ぶことも苦手だった/弱点は継続するための資源となるということ 読書猿Classic: between / beyond readers

February 1, 2013
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「公園で遊ぶサッカーに楽しめる要素が全部入っていると思うんです。2人でのボールの取り合いから始まって、ボールを突っついたら面白い。次はゴールつけてやろうよとなる。遊びでやっていれば、ボールをバンと蹴ってしまったら面白くないこともわかる。その中で楽しむために技術を身につける。キックやドリブルやワンタッチなどの技術です。

 大事なのは戦術ではなくて、まず子供が自由に伸び伸びと動けることです。そうやってサッカーが大好きになって、1年経って2年経って、ここで守っていた子供がここに行ってもいいんだ、こんなにゴールが奪えるんだ、ということを知る。その上でポジションを決めて、チームでもっと力を活かそうよ、となるんです。後ろの子供は遊びの中で攻撃も経験しているから、いま攻めたら危ないことも知っている。ゴールを奪う難しさを後ろの子供もわかっている。前と真ん中と後ろでは全然視野が違うことも知っている。

 そこまでわかっていれば、後ろの子供が前の子供のミスを誤った形で指摘することもないんです。前の子供も後ろの子供の悔しさがわかるから、失点をすぐ責めたりすることもない。子供は今何をどうすればいいのかを自分で考えるようになるんです。するとチームとして何かをやろうという気持ちも芽生えてくる。GKがミスをしたら、あいつ悔しいよ、絶対得点を獲ってやろうよ! となるんです。

 子供は遊びの中の、楽しい、悔しい、から色んなことを覚えていくもの。だから、指導者が教えるというよりも、子供が自分で見つけることが大事なんです。興味を持ってくると本を読んだりもする。教えてもいないのに、低学年でもインステップでしっかり蹴られる子供が出てくるんです」

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子供がサッカーを嫌いになる日 ~市井の指導者からの叫び~ | フットボールチャンネル

January 31, 2013
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ラマヌジャンの資質は現代数学に希求されるものです。

といいますのは、20世紀の後半からは、数学のいろいろな予想(ラマヌジャン予想やフェルマー予想や佐藤テイト予想は代表的なものです)が解けたのは良いのですが、実は、これは一方では困った状態を引き起こしています。それは、数学の問題解きを重視するという風潮です。たとえば、フィールズ賞の受賞理由がほとんど問題解決になっていることに端的に現れています。

たしかに、数学の問題が解けることは数学の前進ではあります。しかし、これが、数学の新たな問題・予想を提出することをそれほど重視しない風潮に結びつくと、数学は退化していきます。実際、数学が生き生きとしている時代とは、おもしろい未解決問題が豊富にあるときです。この点では現代数学は危機を迎えています。このような時代に向けての予想・問題を提示する、新たなラマヌジャンが必要です。

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リーマン予想から深リーマン予想へ! - hiroyukikojimaの日記

January 31, 2013
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子どもの言うことはちょっと真面目に受け取っておいた方がいいぞ。

と言うのはな。「子どもは正直」という意味じゃない。
「子どもは親=大人が他人がいないところで話す『本音』をそのまま口にする」からだ。

つまり、子どもの反応・子どもの言ってることを知れば、
大人たちが「実は」何を考え、どう言ってるかを知ることが出来るんだ。

だから子どもの言ってることは注意深く聞いておいた方がいいぞ。

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子どもの反応を見れば、大人たちの「本音」を知ることができる。 | ライフハックちゃんねる弐式

January 21, 2013
"心理学者A・ミラーは「しつけ」の名のもとに子は親への服従を強いられると指摘し、これを「闇教育」と呼びました。親は闇教育の中で「あなたを愛しているから厳しくするのだ」という無言のメッセージを発します。すると子は自分が実際に感じていることを押し殺し、「これが愛なのだ」と信じ込もうとします幼い頃から自分の感覚を否定していると、自分の感覚を信じられない人間になります。(國分功一郎)"

紹介 アリス・ミラー著『魂の殺人』: 新曜社通信

January 14, 2013
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私的経験であるが、全国レベルで活躍するアスリート高校生を何人か担当し診察したことがある。
多くが抑うつ状態で追い詰められた状況にあった。
共通事項として周囲の大人の「見栄」が多くの例で認められた。
休部もしくは退部せざるを得ないと伝えると 「この子にはこれしかない!」と言い張る関係者。
こどもはうつむいたまま。

疲弊したアスリート高校生たちは、今振り返ると」私にすがるような眼差しを向けていたようだった。
周囲の関係者の都合や見栄により、行く手を四方八方塞がれてしまっていたのだろう。

こどもに対してどこも逃げ場のない状況を作り上げていく周囲の大人たち。
「期待」という暗黙のプレッシャーを突き付ける。こどもはそれに応えねばならないという焦り。
体罰も初めのうちは「どうして殴られなければ」という思いから徐々に「殴られて当然だ」。
やがて心も体も痛みを感じなくなっていく。

教員による常態化した体罰は、こどもたちを「殴られて当然だ」という歪んだ認知にさせてゆくだろう。それがさらに体罰の正当化を促進していく。
教員の度重なる一喝そして平手打ちは、周囲に対しても「そりゃそうだよな」って思わせる恐ろしい空気が漂う。その空気は「あって当たり前」。

こどもが生きていけるための進んでいける道は、本来無数に広がっているはず。
大人のつまらぬ虚栄心で、その道を塞がないで欲しい。

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所長のblog: 教員体罰問題より考える~アスリート学生の苦悩~

December 30, 2012
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数学学習における意欲の源

数学が得意な生徒にとっても、難しくてなかなか解けない問題は存在します。そういった難しい問題に出会ったとき、興味をもって粘り強く考えていけるような、いわば“意欲の源”を育むことが大切であると私どもは考えます。ときに、意欲の落ちた生徒から、「数学をなぜ学ぶのですか?」という問いかけを耳にすることがあります。これに対し、各担当者が明確に自己の意見と信念を述べつつ、お互いに考えた上で、質問者が納得し、意欲を再び取り戻せることを指導の目標の一つとしております。

数学学習の原動力

また、数学はその存在自体に価値があり、美しいものでもあります。言うなれば、数学の“崇高なる美”を感じる心を中学・高校において育みたい、そして、もっと知りたい、探ってみたいという探求の心が、数学学習における原動力となるように願ってやみません。

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海城学園 数学科

December 27, 2012
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デジタル物理学(digital physics) は、物理学 および 宇宙論において、宇宙は(本質的に)情報により記述可能であり、それゆえ計算可能であるとする仮定から出発する理論的展望の総称である。そのような仮定を与えると、宇宙とは、コンピュータプログラムの出力、あるいはある種の巨大なデジタル計算デバイスとして理解される。

デジタル物理学は以下の1つ以上の仮説を基礎としている。
・宇宙は本質的に情報である (ただし、各情報のオントロジーがデジタルである必要はない);
・宇宙は本質的にデジタルである;
・宇宙はそれ自身が壮大なコンピュータである;
・宇宙はシミュレーテッドリアリティ実行の結果である。

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デジタル物理学 - Wikipedia

December 21, 2012
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上司 「今日はわしのおごりだ。何でも好きなもの食わせてやるぞ。何を食いたい?」
部下 「ありがとうございます。……それでは、お蕎麦でも」
上司 「蕎麦か。昨日食べたんだよな」
部下 「そうでしたか。それでは駅前の居酒屋のランチはいかがでしょう?」
上司 「せっかくわしがおごると言っているんだ。遠慮するな」
部下 「はぁ。それでは……」
上司 「天ぷらはどうだ。天ぷら」
部下 「天ぷら、いいですね!」

 一見、何の問題もない会話に聞こえますが、この上司の発言は否定的ダブルバインドです。「好きなもの選べ」と言いながらも、部下が何を選んでも、それを否定しています。発言と行動が矛盾しています。
 部下にとって、「好きなものを選べ」という命令に従いつつ、上司に否定されずにすむ唯一の方法は、「上司の勧めた物が好きなものになる」ということです。
 先ほども書きましたが、この反応は無意識的に起こります。ですからこの部下は、天ぷらを選んだ瞬間から、本心で「自分は初めから天ぷらが食べたかったのだ」と思い始めます。否定的ダブルバインドの怖いところは、まさにここなのです。
 逆に言うと、「何だよこの上司、矛盾したこと言いやがって」と心の中で反論しながら、「天ぷら、いいですね!」と愛想よく合わせただけだとしたら、「自分は初めから天ぷらが食べたかったのだ」と思い込むことはありません。しっかり逃げ出せる状況があるので、否定的ダブルバインドは成立していないのです。

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ダブルバインド・加瀬亮の反応