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何か空しい、やる気がしない、疲れやすい、嫌な感じがしており、いつも鉛色の空の下に暮らしている、しかし理由がよく分からない。そう感じている人は、周りの人間関係をじっくり観察してみると、必ずやハラスメントの悪魔が忍び込んでいるはずである、とする。
ハラスメントを実現するメッセージは、最低次の2つの「命令」からなる。
「これをすると、おまえを罰する」という否定
「これをしないと、おまえを罰する」という強制
あるいは...
「敵意」
「敵意というコンテクストを読んではならないという命令」
の2つからなっている。
ハラッサー(ハラスメントを仕掛ける人)が周囲の善良な人物にハラスメントを仕掛けると、ハラッシー(ハラスメントを受けた人)は、ハラッサーの顔色を窺って生き、呪縛が強くなるにつれ、自分が被害を受けているという認識を捨てる。しかし人間は、生気を奪われたままでは生きられないから、奪われた資源をなんとか取り戻そうとして自分にハラスメントを仕掛けない人にハラスメントを仕掛け、ハラッシーハラッサーとなる。
著者らは、宗教的な意味を一切持たない、人間が生まれたときから持っている本来的な運動状態のことを、魂と呼んでいる。
その魂と、外界との間に、インターフェイスを想定し、それらはそれぞれ、フロイトのイド、スーパーエゴ、エゴに当たるとする。
インターフェイスの発達には、扁桃体や前帯状回などを含む辺縁系回路に依存する、一次の情動。この一次の情動を土台にして学習を重ねることにより、情況と一次の情動反応とを結合した結果に生じた二次の情動反応(前頭前皮質を必要とする)。これらの情動が意識に上ったときに感情と呼ばれる。これら3つの「感情」が、インターフェイスの発達に不可欠である、とする。
そして、我々人間は、受け取ったメッセージのコンテキストを、情動反応という形で個人的に把握している。生来的なものも含めてあらゆる情動反応がコンテクストマーカーの役割を果たしている、というのが著者らの主張である。
しかし、ハラスメントは、前記、否定と強制によって、感情が衰退させられ、学習を停止させてしまう。
ハラスメントの結果、ハラッシーの魂とインターフェイスの間の断絶が生じる場合(内部断絶状態)、インターフェイスが魂と外界の両方と断絶し孤立する場合(孤立状態)、インターフェイスと外界の間が断絶する場合(外部断絶状態)とが起きるとする。
これら断絶は、部分的にも起き得る。情動反応によって自らの判断ができなくなって、外的規範をルールと見なし、自分が設定した自己のイメージを自分とすること=パッケージ化が起きる。パッケージ化は他人に対しても起きる。
呪縛から脱出するには、脱ハラッシー化には怒りが、脱ハラッサー化には謝罪が重要な役割を果たす。ハラスメントと対極にあるコミュニケーションは、受容と提示からなるエンターテインメントであるとする。
最後に著者らは、呪縛なき...ハラスメントなき秩序の道は、論語(仁が忠・恕・信・知・勇を統合し、仁とは内にも外にも憂いがない状態)とガンジー(サッティヤーグラハ=「真実にしがみつく」=魂の力;気に入らないことはやらない、クビにされても平気(植木等の「無責任」なサラリーマン))とドラッカー(のマネジメント)の思想にあると結論する。
要は、「内なる声」に正直に生きる、ということに尽きるであろう。
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— ハラスメントは連鎖する: 10ちゃん心